5,000円以上お買い上げで送料無料!メンバー登録でお得な情報をゲット。さらに詳しく

jeansfactory(ジーンズファクトリー)

JOHN MUNG DENIM PROJECT(ジョンマンデニムプロジェクト)第5弾を徹底解説

2026.04.24
JOHN MUNG DENIM PROJECT(ジョンマンデニムプロジェクト)第5弾を徹底解説の特集バナーです。

幕末150周年を契機に2017年にスタートした「ジョンマンデニムプロジェクト」。
その第五弾は今を遡ること100年前、万次郎生誕からも100年後となる「1920年代」にフォーカスされます。
本記事では2028年のNHK大河ドラマにもなるジョン万次郎とはどのような人物か?から、そのジョン万次郎にフォーカスした「ジョンマンデニムプロジェクト」、その第5弾アイテムについて掘り下げます。
藤原裕氏がデザインし、WAREHOUSE がスペシャルなプロダクトに仕上げた本企画、2026年5月9日からスタートする受注予約の前に、そのストーリーを是非ご体感ください。

JOHN MUNG DENIM PROJECT(ジョンマンデニムプロジェクト)を解説

ジョン万次郎とは?

ジョン万次郎(中浜万次郎、1827〜1898)は、幕末の日米交流を語るうえで欠かせない人物。
土佐国(現在の高知県)の貧しい漁師の家に生まれ、14歳のとき漁に出て遭難し、その後、アメリカの捕鯨船に助けられ、船長ホイットフィールドに保護されます。万次郎は渡米して英語、航海術、測量、造船技術などを学び、日本人としてはきわめて早い時期にアメリカ社会を体験したのです。 のちに日本へ帰国すると、当時は海外渡航が禁じられていたため取り調べを受けますが、彼の持つ海外知識は幕府に高く評価されます。通訳や翻訳、航海技術の指導などで活躍し、ペリー来航後の対外交渉が進む時代に重要な役割を果たしました。
ジョン万次郎の価値は、日本が鎖国から開国へ向かう転換期に、西洋の知識と日本をつないだ“架け橋”となり、日本の近代化に役立てた先駆者として、今も高く評価されています。

JOHN MUNG DENIM PROJECT(ジョンマンデニムプロジェクト)とは?

幕末150周年を契機に2017年にスタートした“ジョンマンデニムプロジェクト”は過去4度に渡って、ストーリーを変えながら限定発売され、即予約数に達する大好評のプロジェクトとなりました。
初めてデニムとミシンを日本に持ち帰ったジョン万次郎が伝えた“アメリカ”に着目し、“初めてアメリカを伝えた人”、“漂流”、“ゴールドラッシュ”、“デニム”そして“ミシン”というキーワードから、「もし万次郎が持ち帰ったミシンでデニム生地の洋服を作ったら?」というフィクションのストーリーを史実に基づいて編み上げます。
そのようなストーリーに基づき、デザインをBerberjin藤原裕氏、生産をWarehouse&Co.、販売を高知のセレクトショップ・ジーンズファクトリーが担当、土佐清水市観光協会も加わった4者の合同プロジェクトが、ジョンマンデニムプロジェクトです。

第5弾となる JOHN MUNG DENIM PROJECT 200th Anniversaryとは?

第5弾は今を遡ること100年前、万次郎生誕からも100年後となる“1920年代”のディテールにフォーカスします。
当時のリーバイス社がトップラインの“XX”、“No2”デニムを製造していたことは有名ですが、実は存在する“No3”デニム。
第5弾となるプロジェクトでは、この“No3デニム”をWarehouse&Coが再現、Berberjin藤原裕氏と共にと1920年代という時代背景を落としこみ、新たなセットアップとしてデザインしました。
2027年は万次郎が生まれて200年の年。万次郎生誕200周年に向けてスタートしたプロジェクトが、JOHN MUNG DENIM PROJECT 200th Anniversaryです。

第5弾となるJOHN MUNG DENIM(ジョンマンデニム)を解説

1920’s JOHN MUNG DENIM JACKET

1920’s JOHN MUNG DENIM JACKETは、1910〜1920年代頃のデニムジャケットをベースにデザインされた特別なモデルです。
当時の特徴を色濃く残すディテールとして、片方のポケットにはまだフラップが付かず、やや下部に配置された“DOWN POCKET”を採用。
さらに、広めに取られた肩幅や垂直に落ちる袖付けには、19世紀の“ブラウス”の名残を感じさせるクラシカルな空気が漂います。 加えて、レザーパッチがヨーク下部に取り付けられる“DOWN PATCH”仕様も継承。ヴィンテージ黎明期ならではのディテールを丁寧に落とし込んでいます。
レザーパッチは第1弾モデルから引き継がれる、ジョン万の直筆サインを落とし込んだスペシャルなデザインです。 このモデルで特に注目すべきは、使用されている“No3デニム”です。
リーバイスのトップラインとして知られる“XX”や“No2”に比べ、“No3”の存在はあまり広く知られていません。しかし1915年のカタログには、“プリーツブラウス”と呼ばれるデニムジャケットとして、XXはLOT506、No2はLOT213、そしてNo3はLOT341という品番が記載されていました。現存する実物が確認されているXXやNo2に対し、No3のLOT341はいまだ発見されていない幻の存在です。
そこでウエアハウスは、所有するNo3のLOT333パンツを徹底的に解析し、まずNo3デニムそのものを再現。その貴重なデニムを用いて、幻の“LOT341“プリーツブラウス”をイメージした一着を作り上げました。 No3デニム最大の魅力は、その圧倒的な肉厚さにあります。
当時のXXデニムが7.5番×7.5番を基準としていたのに対し、No3では経糸に5.5番と6.2番という、さらに太い糸を使用。しかも5.5番の比率がやや高く、緯糸には10番糸を打ち込むことで、独特の重厚感を生み出しています。まだ細番手の糸を安定して作ることが難しかった時代背景のなかで、この大胆な糸構成はNo3ならではの個性といえます。
さらに、インディゴのロープ染色に加え、No3デニムならではの処理を施すことで、他にはない深い色味を実現しています。
この独特の風合いが生まれた背景には、第一次世界大戦期という時代性も見逃せません。当時は、ドイツから輸入されていた合成インディゴに対する供給不安があった可能性も考えられ、そうした歴史的背景までもがこのデニムの表情に投影されています。 ウエアハウスとベルベルジン藤原裕氏は、こうした資料・背景・技術をもとに、“No3デニムによるLOT341”というロマンあふれるテーマをJOHN MUNG DENIMとして形にしました。単なる復刻ではなく、まだ見ぬヴィンテージを想像しながら完成させた、ストーリー性あふれる一着です。(オリジナルバラックが付属します)

1920's JOHN MUNG DENIM PANTS

1920's JOHN MUNG DENIM PANTSは、1920年代のジーンズをベースにをベースにデザインされた特別なモデルです。
最大の特徴は、ベルトループが備わった最初のモデルであること。
さらに、サスペンダーボタン、尾錠、外リベット、股リベット、ベルトループという、当時ならではのディテールを一通り備えており、まさに“完全武装”と呼べる5ポケットジーンズのコンプリートディティールが備わっており、ヴィンテージファンにとって見逃せない一本です。 ポケット補強の役割を持つ飾りステッチには、ジョン万次郎の“M”を歪ませたようなオリジナルデザインを採用。クラシックなディテールの中に、ジョンマンデニムならではの個性がしっかりと落とし込まれています。
通常とは異なる左側に配されたレザーパッチはジャケット同様に万次郎の直筆サインを落とし込んだデザインで、このモデルならではのポイント。 また、セットアップとなるデニムジャケットと同時代のモデルをベースにしているため、パンツにも同じくヘヴィオンスの“No3デニム”を使用。このデニムは、タテ6.2番&5.5番 × ヨコ10番という特徴的な組成で、経糸には特に5.5番の太い糸を多く使用しており、圧倒的な重厚感と迫力ある生地感を生み出しています。
さらに、このNo3デニムの魅力は厚みだけではありません。独特のインディゴの色味は、通常のロープ染色に加え、No3デニムならではの処理を施すことで、他にはない深い色味を実現しています。一般的なデニムとはひと味違う、奥行きのある表情がこの生地ならではの魅力です。
このNo3デニムが生まれた背景には、第一次世界大戦期という時代性も関係していると考えられています。当時は、ドイツから輸入されていた合成インディゴに対する供給不安が影響していた可能性もあり、そうした歴史的事情までもがこのデニムの色合いや存在感に重なります。 ウエアハウスとベルベルジン藤原裕氏は、こうした1920年代の背景を丁寧に掘り下げ、“No3デニムで作る1920モデル”というテーマをジョンマンデニムに落とし込みました。
単なるヴィンテージ復刻ではなく、時代考証と想像力を融合させた、ストーリー性の強い一本に仕上がっています。

藤原 裕氏が着る、1920's JOHN MUNG DENIM セットアップ、シューティング

※藤原裕さん(身長177cm)着用サイズ:JACKET 44、PANTS 34

1920's JOHN MUNG DENIM のサイズ情報とサイズ毎に着比べ解説

1920'sジョンマンデニムの素材と洗いの特性として以下の点にご注意ください。
☑防縮加工をかけていないデニムを使用しているため縮みがでます。
☑一度製品洗いをかけているため、一度大きく縮んだ状態なので今後は縮みにくいが、それでもレングスで1~2cm程度は縮む可能性があります。
☑縮みに個体差がある為、採寸情報から1~2cm程度までは誤差があります。

1920's JOHN MUNG DENIM JACKETのサイズ情報とサイズ・身長別の着比べ

1920's JOHN MUNG DENIM JACKETは、36/38/40/42/44/46、の6サイズ展開。体型や着こなしに合わせてご選択頂けます。
サイズが大きくなった場合でも、着丈・袖丈は一定を保っており、長くなりすぎない点が特徴です。

サイズ36:身長168cm/細身体型 サイズ40:身長168cm/細身体型 サイズ40:身長177cm/細身体型 サイズ42:身長177cm/細身体型 サイズ44:身長184cm/普通体型 サイズ44:身長175cm/ふっくら体型 サイズ46:身長184cm/普通体型 サイズ46:身長175cm/ふっくら体型

1920's JOHN MUNG DENIM PANTSのサイズ情報とサイズ・身長別の着比べ

1920's JOHN MUNG DENIM PANTSは、30/31/32/33/34/36/38、の7サイズ展開。体型や着こなしに合わせてご選択頂けます。
サイズが大きくなった場合でも、股下は一定を保っており、長くなりすぎない点が特徴です。 31インチ:身長168cm/細身体型 32インチ:身長168cm/細身体型 32インチ:身長177cm/細身体型 33インチ:身長177cm/細身体型 34インチ:身長184cm/普通体型 36インチ:身長184cm/普通体型 36インチ:身長175cm/ふっくら体型

Berberjin 藤原 裕 氏 と WAREHOUSE&CO. 藤木 将己 氏のスペシャル対談

第5弾となるジョンマンデニムプロジェクト。
本日はデザインを担当した藤原裕さんと、生産を担当したウエアハウスから藤木将己さんにお越し頂きましたので、ジョン万の生誕200周年を謳った“200th Anniversary”の企画ストーリーや、魅力などを掘り下げて頂こうと思います。よろしくお願い致します。 藤木_ 最初のジョンマンデニムプロジェクトの話があがったのは、生誕190周年でしたよね?

藤原_ そうですね。最初「志国高知 幕末維新博」の時に明治維新150年だったのでだからもう、このジョン万が企画になって10年近く経ったんだなーっていうのが、凄いですね。今回で5回目になりますが、その間、藤木さんとの関係性も、どんどん、どんどん深まっていって。

藤木_ いやもう、企画が素晴らしいからやっぱり続いていってるっていうのは、本当にそう。ダメだったら終わってますからね(笑)。

藤原_ 確かに。でも歴史とか偉人とかっていうのにフォーカスしたデニムっていうのは未だに他にはない。

藤木_ ないですよね、うん。ジョン万次郎がね、アメリカで何をしたかっていうのをフォーカスした事例もあまりなかったじゃないですか。僕もこの企画を通して初めて知る事も多かったですし。

藤原_ 僕も高知出身で観光大使をやらせてもらってますけど、本当に最初から携われてよかったと思ってます。 藤原_ どんどん話膨らんじゃいますけど。僕の友人が以前、高知の居酒屋で飲んでて、そしたら隣の隣の人がジョン万次郎が日本で一番最初にジーンズ穿いたんじゃないか、という会話をしてて、そのデニムを作れないかって企画を受けたっていうのを、高知の居酒屋で、その大将にカウンター越しに相談してたらしいんですよ。

藤木_ はい。

藤原_ そしたら大将が「そういえばお前の同級生がリーバイスのジーンズの本を作ってるとか言ってたんじゃなかったっけ?」、「そんなの詳しいんじゃないの?」みたいな流れで、突然電話してきたんですよ、その場で。

藤木_ へぇー、偶然凄いですね。

藤原_ で、ジョン万次郎はもちろん知ってはいるけど、そんな歴史なんか詳しくないから僕も色々調べてみてたら、 1850年代でゴールドラッシュとかって話になって。「あー、これ間違いなく穿いてないね」って言って。ただ、ストーリーとしては面白いし、上手くその年代だったりとかに紐づけて、ジーンズ作ることできるんじゃないかなーって思って。
そしたら「藤原さん作れたりしますか?」って言われたけど僕も作ったことはないんで、可能だったら1800年代とかのジーンズを掘り下げてるブランドとしては、もうウエアハウスさん、塩谷社長がやっぱ一番だと思うんで相談してみます、って。プレスの藤木さんとも仲がいいんで、って言って電話して、「藤木さんこんなお話あったんですけど」って。
で、夕方すぐ折り返し電話あって「塩谷が、藤原君の話だったらOKだよって言われた」って。「あ、ありがとうございます!」という流れで。
僕も塩谷社長と挨拶はしたことがあったんですけど。あらためて展示会場に行かせてもらって。「えーと、こういうお話で。僕、デザインなんかやったことないんですけど、なんとなくイメージとか、こういう風なのが年代的に、のできたら……」、「で、それにちょっとサンプルに基づくパンツが実はあります」、みたいなの持ってったら、そのホワイトのパンツに塩谷社長が反応してくださって。「これはやばい!」って言われて。

藤木_ (笑)。

藤原_ 二人で開きながら「これこう、これこう」で、こんな形でできたら面白いと思いますって言ったら、「まあ、ちょっとじゃあ、任せて」って言われて。 30分位のお話だったと思うんですよ(笑)。

藤木_ そしたら次にはもう、形になってましたもんね(笑)。

藤原_ 早っ!さすが、みたいな(笑)。

藤木_ はい。だから本当に縁が繋がって。
販売するところを、やっぱり高知で特約店がなければ「どうすんの?」って話になった時に。

藤原_ そうですね。「やっぱ高知から発信しないと意味がない」と。

藤木_「ジーンズファクトリーに相談をしてみないか」っていう話をお互いしてる時に、「実は初めて僕がジーンズ買ったのがジーンズファクトリーだった」って裕さんが(笑)。
「あ、もうそれやったら、これをお願いしに行くしかないよね」っていうので、縁が繋がって、繋がって。
で、こうやって回を重ねていけるのは、しっかり結果が出て、お客様も付いてきてくれてるから。だから、本当に高知で販売できてよかったです。 藤原_ あとはもう、藤木さんが毎週会うたびに「裕さん、これ新しい資料が」とか「ジョン万の本を新しく5冊買って全部読んだよ」とか。それがすごい深いんで、こんなストーリーがあったとか、その歴史を紐解くにつれて、なんかデニムに結びつくことが多かったんで。「あ、もうこれはなんかやる意味もちゃんとあるな」っていうのと。もちろんね、今の末裔の方にこの直筆サインを使っていいかの許可もそうですし。なんかそういうのもきちんと取れて。もしこれがダメだったらまた変わってた話ですし。

藤木_ 土佐清水市の協力があったというのも大きくて、バックボーンが出ますもんね。ヴィンテージの雄と、しっかりレプリカデニムを作ってる会社と繋がった時に、何か軸がないものを作った時に「ジョン万ってなんか響きいいんじゃない?」みたいな感じで、軽く見られがちなんですけど。土佐清水の標章があって、公的団体の公認の、っていうところはやっぱ大事でしたね。
デザインは本当に最初にやったデザインのインパクトがあって。で、そこから何度か続けていく中で、賛否もあったんですよ。
「もう買えないと思ったから買ったのに」みたいな感じだったり、「また作ってください」みたいな希望がすごく強かったりとか。で、それに両方に答えるためにどうしたらいいかっていう話をしてて。

藤原_ ああー、はい。そうでしたね。 藤木_ で、第4弾。前回はジーンズファクトリーさんの周年のお祝いっていう事もあって、ちょっとコンテンポラリーに振って。
80年代、最後のアカミミの501が日本に入ってきた時のイメージで、ジーンズファクトリーも販売店としての創立時でもあるから。その時にジョン万がブランドとしてあったらどんな製品を作っていたかというストーリーで、当時の雰囲力を残したウエスタンに振ったんですよね。
で、それも含めてあの80年代の最後のヴィンテージまで行ったから、第5弾に関しては純粋に、今一番良い、作りたいものっていう感じでいいんじゃないかていう話が出て。
で、うちはダウンポケットのオリジナルを所有してたことがあって。裕さんは“1922”の、本当にもう一番バランスのいい個体を持っていたっていうこともあって。まあこれも話がすごい早かったんですよね。「上下でこれでいきましょう!」って感じで。

藤木_ で、“ナンバースリーデニム”っていう話にやっぱりなってくるんですけど。このNo3のGジャンというのはリーバイスのカタログに乗ってはいるんだけど。この長いヴィンテージのねコレクターの変遷見ても誰も持ってないんですよ。見たことがない。

藤原_ はい、そうですね。

藤木_ で、存在をしてたのかどうかも分からないって。ただ作ってたことは事実としてあるから、資料として。
うちもそうですけど、裕さんも触ったことがない物っていうのは想像で作れないし、無い物に関して作るって難しいってこともあって。No3のパンツを入手した時に生地を再現して、そのパンツだけをウエアハウスで再現したんですよね。
で、それで止まってたんですけどジョン万でやるってなった時に、「もしこの時代の物が作れるんだったら、ダウンポケットを想像で作っても、ジョン万としてはある程度こうアレンジができるから面白いんじゃないか」って。
そういう風に考えた時に、ダウンポケットのモデルをこの生地でやるっていうのは古着好きの方も夢もあるし、ジョン万としてもすごくアレンジし甲斐があるっていうところで、すごい盛り上がったっていうところですよね。

藤原_ 超特別な生地ですよね。


ありがとうございます。今回の第5弾企画、これまでご購入されたお客様も改めて検討されてると思いますし。
今回あらためてこの「ジョンマンデニム」っていう企画を知って、興味を持たれてるお客様も多くいらっしゃると思うんですけど。
それぞれのお客様に向けて、藤原さんから今回伝えたいことをお聞かせください。 藤原_ そうですね。モノ作り面でいうと、ウエアハウスさんにお願いして本当に良かったなと思えることが、塩谷社長もそうですし、藤木さんがすごい調べてくださったりとか。このジョン万に関してもっとこう掘り下げることができたことと。
で、第1回目の企画で僕がそのデザイナーではないですけど、「こういうのどうでしょう」っていう風に塩谷社長に提案したものがドンズバなもので仕上がってきて。自分も納得がいって、それをお客様に喜んでもらえたっていうことが一番最初の良かったことでした。
歴史上の人物に対してなんで、僕もそのストーリーがあってこそこういう背景でどうかとか深掘りして、「次は何しようか」とかっていう相談をウエアハウスさんとできたことって、すごく自分にとっても勉強になりましたし。

もちろんデザインを変えたことによって、前買っていただいた方がもう1着とか、もしかしたら今までのモデル全種類持ってくださってる方もいると思うんですけど。ウエアハウスさんのモノ作りであったり、ファンの方ももちろん多いと思いますし。また違った目線で、古着が、デニムが大好きな人も、うちの常連さんも買ってくれていて、第1弾モデルをもうずっと穿いてる人もいて。
そういう風にヴィンテージとも混ぜても着れる、っていう感覚で、新しいお客様を獲得できたなと思うので。
それは高知県にとっても、土佐清水市やジーンズファクトリーにとっても、……もっと言うと、ジョン万次郎さんが喜んでくれてるかなーっていう風に思うと、本当にやって良かったなーって思います。

第5弾もすごく楽しみにしていただければ嬉しいな、とは思います。
あとはYouTubeも撮りますので、4月末公開になるので「藤原 裕 CH」も楽しみにしていただけたらなと。

1920's JOHN MUNG DENIM (ジョンマンデニム)の予約販売とローンチイベントのお知らせ

1920's JOHN MUNG DENIM 予約ローンチに合わせて“Berberjin(ベルベルジン)”藤原裕さんがジーンズファクトリー卸団地本店に来店。

また、5月8日(金)はWAREHOUSE 藤木さんと共にインスタライブを配信、予約ローンチ当日の5月9日(土)は実際に店頭に立って、お客様と交流をしていただける来店イベントを予定しています。

JOHN MUNG DENIM を通して藤原裕さんとコミュニケーションできるまたとない機会となりますので当日はぜひご来店ください。

その他の特集